良いのベクトルが偏っている
先日会話の中で収穫となった気づき。
世の中の良いのベクトルがとても偏っているという話。
評価のために何かをやるとつまらなくなってしまう。
無神経だった子供の時は、評価よりも楽しいか楽しくないかといった自分に気持ちが向いていた。
そこには、他人軸ではないので、本人にとっては意味のあること。
いつしか世の中という概念を認識してしまったが故に、評価が先行して、自分の気持ちを蔑ろに。
もちろん、評価を受けることに楽しみを見出せているのならなんら問題もないと思うし、それが意味のあることではあると思うけど、
肝心なのは、自分の中の感覚に正直であるかどうかなのかもしれない。
お金を儲けることは社会の仕組み上、他人の評価が関わってくるので、
完全に取り払うことはできないが、
それにしても、何か極端な感じがして、自分を見失ってしまう状況を容易に作り出してしまっているように思う。
そもそも自分とは何か?といった疑問が生じるが、
それを見つけるためには、慌ただし過ぎる。
幸福とは外側の何かで満たされるのではなく、
内側で感じること。
同じものを見て、最大限に感動することが出来れば、
何も特別なものを求める必要なんてないはずなのに。